
タイにおけるベタという魚|闘魚から国魚へ、そして世界へ広がる美の文化
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タイを訪れたことがある人なら、一度は見たことがあるかもしれません。街角のマーケットや屋台の片隅、小さな瓶の中で堂々と泳ぐ、ひときわ色鮮やかな魚。
それがベタ(Betta splendens)です。
タイではこの小さな魚は、単なる観賞魚ではありません。100年以上にわたって人々の暮らしとともにあり、2019年には正式に「タイの国魚(National Aquatic Animal)」に指定されました。それは、“国の誇り”としての地位を象徴しています。
この記事では、タイの人々がベタに込めてきた文化と歴史、そしてベタという魚が持つ不思議な生命力と美しさについて、じっくりと紹介していきます。
ベタとは?タイが生んだ小さな闘士
ベタ(Betta splendens)は、タイ原産の小型淡水魚です。
東南アジア一帯、特にタイ・カンボジア・ラオス・ベトナムなどに分布し、田んぼや用水路、小川、沼地など、浅くて水の流れが穏やかな場所に生息しています。
タイの田園地帯を歩くと、稲の間に小さな水たまりがいくつも連なっています。そこに静かに棲むのが、このベタたち。雨季と乾季がはっきりした気候の中、濃い茶褐色の水の中でたくましく生き抜いています。
ラビリンス器官で空気呼吸ができる
ベタの最大の特徴は、「ラビリンス器官」という特別な呼吸器官を持っていることです。この器官は魚類では珍しく、まるで肺のように空気中の酸素を吸収できる構造をしています。
そのため、ベタは水中の酸素が少ない環境でも、水面から“空気をパクッ”と吸って生きることができます。この特殊能力のおかげで、酸素供給のない小さな瓶やコップでも飼育可能。これが「ベタは飼いやすい魚」と言われる理由のひとつです。
強い縄張り意識と闘争本能
しかし、ベタの魅力は“飼いやすさ”だけではありません。小さな体に似合わず、非常に強い闘争本能を持っています。
生後1〜2ヶ月ほどで縄張り意識を持ちはじめ、他のオスを見つけるとフレアリング(ヒレを広げて威嚇)を行い、激しく戦います。この姿があまりにも勇ましく、タイの人々は昔からこの魚を“闘魚(プラカット・タイルン)”として育ててきました。
タイの闘魚文化:小さな村から始まった伝統
タイでのベタの歴史は古く、少なくとも19世紀以前には“闘魚”として人々の間に根づいていました。
当時の農村では、子どもたちが田んぼで捕まえたベタを瓶に入れ、「どちらが強いか」を競い合って遊ぶのが日常の光景でした。
やがてその遊びは大人の娯楽へと発展。村人が集まり、最強のベタを競わせる賭け試合も行われるようになりました。(※現在では動物愛護の観点から賭けは禁止されています。)
この“ベタ闘魚文化”は単なる遊びではなく、「勇気・誇り・闘志」を象徴する存在としてタイ社会に根づきました。それゆえ、ベタは今でも「小さな戦士」として尊敬されているのです。
国魚への道:タイの誇りとしてのベタ
時代が進むにつれ、ベタは“闘う魚”から“美しさを競う魚”へと進化します。タイのブリーダーたちは、より美しい体色やヒレの形を追求し、長年にわたり品種改良を重ねてきました。
その結果、今日では何百という色彩と形状のバリエーションが誕生しています。
2019年、タイ政府はこのベタを「国の水生動物(National Aquatic Animal)」に正式認定。その理由は明確です。
“ベタは、タイの自然、文化、そして人々の創造性を象徴する存在である。”
闘魚からアートへ:ベタが魅せる4つの代表的な姿
現在のショーベタ(観賞用ベタ)は、まるで生きた芸術作品。その姿と動きには、タイ人の美意識が詰まっています。
ハーフムーン(Halfmoon)
尾びれが180度近く開き、まるで半月のような形。光を浴びると、ヒレが鏡のように反射して輝きます。優雅で繊細、まさに“ベタ界の王者”。
クラウンテール(Crown Tail)
尾びれの先が細く分かれ、まるで王冠のように見える独特な形状。見る角度によって表情が変わるため、光と影のコントラストが美しい。炎のように広がるヒレが魅力的です。
プラカット(Plakat)
原種に近い短ヒレタイプで、闘魚文化を色濃く残すベタ。力強く泳ぎ、筋肉質な体型はまるで戦士のよう。丈夫で飼いやすく、初心者にもおすすめです。
ベールテール(Veil Tail)
長く流れるようなヒレが特徴で、古くから愛されている定番のタイプ。優雅に泳ぐ姿はまるでドレスの裾のようで、古典的な美しさがあります。
これらの改良品種はタイ国内で育成され、今では世界中に輸出されています。タイのブリーダーたちは、まさに“水の中のアーティスト”といえるでしょう。
ワイルドベタと改良ベタ:自然と人のコラボレーション
ベタには大きく分けて2つのタイプがあります。
ワイルドベタ
タイや周辺国に自然分布する、いわば原種。地味な茶色や緑系の体色をしており、観賞用としての派手さはありません。ただし、野性味あふれる姿と、オスが卵を口の中で守る“口内保育”など、自然のままの生態を観察できる魅力があります。
改良ベタ
人の手で交配・選別され、美しさを追求してきた観賞用のベタ。赤、青、白、オレンジ、マーブルなど、まるで絵の具を溶かしたような体色を持ち、世界中のアクアリストを魅了しています。
どちらもベタでありながら、まるで別の生き物のように異なる個性を持っています。
「野生の強さ」と「人が育んだ美しさ」
この両方がベタという魚の真髄です。
タイのベタ文化はいまも生きている
現代のタイでは、ベタは趣味を超えた存在です。バンコク郊外では、ベタ専用の市場があり、ブリーダーが自慢の個体を並べ、愛好家が真剣な目で見比べています。
SNSやオンラインショップの発展により、タイのファームから日本や欧米へ直接発送される時代。YouTubeでは、タイの養殖家たちがブラックウォーターの作り方や繁殖方法を公開し、世界中のベタ愛好家がチェックしています。
ベタはもはや国境を越える文化になったのです。
ベタとブラックウォーター:タイの自然が作る癒しの水
タイのベタ養殖場では、昔から「茶色い水」で育てるのが一般的です。
これは、落ち葉や樹皮から出るタンニンやフラボノイドが溶け込んだブラックウォーター。抗菌作用があり、魚のヒレや粘膜を保護し、自然の免疫を高めます。
タイではこの水をマジックウォーターと呼ぶ人もいるほどで、まさに自然が作る最良の治療水。サカタのベタが販売する「ベタ発酵水(タイ式ファームレシピ)」は、そんな伝統的なタイの飼育文化を忠実に再現したものです。
カタッパの葉、アカシア樹皮、ヤシの雄花、マンゴスチンの皮、天然岩塩。これらをバランスよくブレンドし、自然なブラックウォーターを簡単に作れるよう設計されています。まさに、“タイのベタ文化を日本で再現するための水”。
終わりに:タイのベタは、美と誇りの象徴
ベタは小さな魚です。でもその存在には、タイという国の歴史・文化・自然・美意識が詰まっています。
田んぼの子どもたちの遊びから始まり、闘魚文化を経て、いまや世界のアクアリウムを彩る存在へ。その進化の中に、「自然と共に生きる知恵」と「美を追い求める心」が息づいています。
水の中で静かに尾を揺らすその姿は、まるでタイという国そのもののよう。強く、美しく、そして誇り高い。ベタは今日も、その小さな体で“国の魂”を泳がせています。
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